新しい取引先と商談を始めるとき、協力会社と共同で企画を進めるとき、多くの場合「秘密保持契約(NDA)を結びましょう」という話が出ます。しかし、相手から送られてきた契約書に目を通してみると、専門用語が並んでいて何をどこまで守ればよいのか分かりにくい、という声をよく耳にします。
契約書の内容を曖昧なまま進めてしまうと、後になって「これは秘密情報に含まれるのか」「いつまで守らなければならないのか」といった解釈の食い違いが生じ、トラブルにつながる場合があります。中小企業の現場では法務の専任担当者がいないことも多く、営業担当や経営者自身が契約内容を判断しなければならない場面も少なくありません。
本記事では、秘密保持契約を結ぶ前に確認しておきたい6つのポイントを、実務の視点から解説します。契約書のどこを読めばよいか、どのような点に注意すればよいかが分かれば、取引を安全に進めやすくなります。
秘密保持契約(NDA)とは何か
秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement、NDA)は、取引や共同プロジェクトの過程で知り得た情報を、第三者に開示しないことを約束する契約です。守秘義務契約とも呼ばれます。
契約には、一方だけが情報を開示する「片面NDA」と、双方が情報を交換し合う「双方NDA」があります。どちらの形式であっても、契約書に書かれた「秘密情報」の範囲と「利用目的」が、実際の業務と合っているかを確認することが重要です。
NDAを結ぶことで、取引先に対して安心して情報を共有でき、万が一漏洩があった場合には損害賠償や差止請求といった法的措置を取る根拠にもなります。一方で、範囲が広すぎる契約を結んでしまうと、日常業務に支障が出る場合もあるため、バランスを考える必要があります。
確認ポイント①:秘密情報の範囲は明確か
契約書で最も重要なのは、何が「秘密情報」に含まれるのかを明確にすることです。契約書によっては「本契約に関連する一切の情報」といった抽象的な表現になっている場合があります。この書き方だと、通常の業務連絡や公開されている情報まで秘密扱いになってしまい、実務上の負担が大きくなります。
秘密情報の範囲を明確にするには、次のような点を確認します。
- 技術情報、顧客情報、価格情報など、具体的な情報の種類が列挙されているか
- 「秘密である旨が明示された情報」といった、識別可能な条件が付いているか
- 口頭で伝えた情報も対象に含めるのか、書面に限定するのか
また、秘密情報から除外される情報(例外)についても確認が必要です。一般的には、次のような情報は秘密情報に含まれないと定められます。
- 契約締結前にすでに受領側が知っていた情報
- 契約締結後に公知の事実となった情報
- 受領側が独自に開発した情報
- 第三者から正当に取得した情報
これらの例外が明記されていないと、後で「これは元々知っていた情報だ」と主張しても認められにくくなります。
確認ポイント②:利用目的は適切に制限されているか
秘密情報を受け取った側は、契約書に定められた目的の範囲内でのみ、その情報を利用できます。たとえば「本件取引の検討のため」といった目的が記載されている場合、その取引以外の用途に使うことは契約違反になります。
目的外利用の禁止が明記されているか、複製や開示の範囲が適切に制限されているかを確認しましょう。特に、社内の他部署や協力会社に情報を共有する必要がある場合には、第三者への開示条件が記載されているかを見ておくことが大切です。
多くの契約書では、「事前に書面による承諾を得た場合に限り、第三者に開示できる」といった条件が設けられています。この条件がないと、業務上必要な情報共有ができなくなる場合があります。
確認ポイント③:契約期間と終了後の扱いは明確か
秘密保持契約には有効期間が定められています。契約書によっては「締結日から3年間」「取引終了後も2年間有効」といった形で記載されます。この期間が実務に合っているかを確認しましょう。
また、契約が終了した後の扱いも重要です。契約終了時に秘密情報を返却または廃棄する義務が記載されているか、終了後も一定期間は秘密保持義務が残る(残存義務)のかを確認します。
残存義務の期間が長すぎると、取引が終わった後も長期間にわたって情報管理の負担が続くことになります。逆に、残存義務がまったく定められていないと、契約終了後すぐに情報が流出するリスクがあります。
確認ポイント④:違反時の損害賠償の範囲は妥当か
契約書には、秘密保持義務に違反した場合の損害賠償に関する条項が記載されています。この部分では、どこまでの損害を賠償しなければならないかを確認します。
一般的には「直接かつ現実に生じた損害」に限定されることが多いですが、契約書によっては「間接損害や逸失利益も含む」と広く定められている場合があります。この場合、万が一の際に予想以上の賠償責任を負う可能性があるため、注意が必要です。
また、差止請求(情報の使用や開示を止めさせる権利)が明記されているかも確認します。損害賠償だけでなく、差止請求の権利があることで、情報漏洩を早期に止める手段を持つことができます。
確認ポイント⑤:準拠法と管轄裁判所は確認したか
契約書の末尾には、準拠法(どの国・地域の法律を適用するか)と管轄裁判所(紛争が起きたときにどこの裁判所で解決するか)が記載されています。
たとえば、相手が海外企業の場合、準拠法が相手国の法律になっていたり、管轄裁判所が相手国の裁判所になっていたりすることがあります。この場合、紛争が起きたときに日本国内での対応が難しくなるため、事前に調整できるか相談することが望ましいです。
国内の取引であっても、管轄裁判所が相手の本社所在地に設定されている場合、遠方での裁判対応が必要になります。可能であれば、双方の所在地を管轄する裁判所を併記するなど、柔軟な定め方を検討します。
確認ポイント⑥:自社の情報管理体制は整っているか
契約を結ぶ前に、自社が秘密情報を適切に管理できる体制にあるかを確認することも重要です。契約書に署名すれば、受け取った情報を漏洩しないよう管理する義務が生じます。
具体的には、次のような点を確認します。
- 秘密情報を保管する場所や方法(鍵付きキャビネット、アクセス制限のあるフォルダなど)が決まっているか
- 秘密情報にアクセスできる社員の範囲が限定されているか
- 情報を廃棄する際の手順(シュレッダー処理、データ消去など)が定められているか
中小企業の現場では、情報管理のルールが明文化されていない場合もあります。契約を結ぶ前に、社内で簡易なルールを決めておくと、万が一のトラブルを防ぎやすくなります。
情報管理に不安がある場合は、経営コンサルティングを通じて社内体制の整備を進めることも選択肢の一つです。
契約書のひな形を使うときの注意点
インターネット上には、秘密保持契約のひな形が数多く公開されています。ひな形を利用すること自体は問題ありませんが、次の点に注意が必要です。
- ひな形は一般的な取引を想定しているため、自社の業務内容に合わせた修正が必要
- 相手から送られてきた契約書がひな形そのままの場合、自社の状況に合わない条項が含まれている可能性がある
- 契約内容に疑問がある場合は、弁護士など専門家に相談することが望ましい
特に、相手が大企業で自社がひな形をそのまま受け入れざるを得ない場合でも、内容を理解した上で署名することが大切です。不明な点は質問し、必要に応じて修正を依頼します。
契約後の運用で気をつけること
契約を結んだ後も、秘密情報の管理は続きます。契約書の内容を社内で共有し、実際に情報を取り扱う社員が義務の内容を理解していることが重要です。
また、契約期間が終了する前に、情報の返却や廃棄が必要かどうかを確認し、期限内に対応します。契約書のコピーは保管し、後で内容を確認できるようにしておきましょう。
取引が長期にわたる場合、契約内容が実態に合わなくなることもあります。定期的に見直しを行い、必要に応じて契約を更新または修正することで、リスクを減らすことができます。
まとめ
秘密保持契約を結ぶ前には、次の6つのポイントを確認することで、後のトラブルを防ぎやすくなります。
- 秘密情報の範囲が明確で、例外規定が記載されているか
- 利用目的が適切に制限され、第三者への開示条件が明記されているか
- 契約期間と終了後の扱い(返却・廃棄・残存義務)が明確か
- 損害賠償の範囲が妥当で、差止請求の権利が記載されているか
- 準拠法と管轄裁判所が自社にとって不利でないか
- 自社の情報管理体制が契約の要求に応えられるか
契約書の内容は取引ごとに異なるため、ひな形をそのまま使うのではなく、自社の状況に合わせて確認・修正することが大切です。法務の専任担当者がいない中小企業でも、上記のポイントを押さえることで、安全に取引を進めることができます。
契約内容に不安がある場合や、自社の情報管理体制を見直したい場合は、弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。必要に応じて、お問い合わせからご相談ください。
